留学していた街で日本語をボランティアで教えていた。
ほんの些細な異文化交流の感覚だった。
みなさんの夢を聞かせてください。
私の夢は日本に留学する事です。
はい、よく出来ましたね。
何度となく繰り返されたこのフレーズ。
パスポートさえ取るのが困難な国で、
ぼくには彼らの夢は会話練習のフレーズでしかなく
現実として認識さえ出来ていなかった。
その生徒たちが今、全員日本に居る。
5年半前、来日したばかりのひとりに会った。
砂漠のオアシスの寒村に11番目の子供として生まれた彼が日本に居る。
留学先でほぼ毎日会っていた彼が日本に居る。
ただ不思議で感慨深かった。
ほんとに、よく来たと思う。
それ以降ぼくが連絡をしても全く音沙汰がなかったのだが
つい先日彼から会いたいと連絡があり、今日会って来た。
5年半の間、勉強に仕事に一日も休む事なく走り続けて来たらしい。
今日が初めての休日らしい休日だと言う。
夜はコンビニで働き、昼間は勉強という毎日を送っている。
疲れたという事もあり急にぼくに会いたくなったらしい。
結構長く日本に居るけどどうするの?
と聞くと。
今の夢は日本への帰化と言う。
故国は100%捨てたと。
とてつもない夢だと思った。
その夢自体にも気圧されたが、
堅く夢を叶えると信じている彼自信にも気圧された。
帰化ならカナダやアメリカの方がやり易いだろう。
日本の事情を知ってか知らずか、
ぼくから日本語を勉強し始めた頃からその先にはこの計画があったのだろう。
寒村と言ったが美しい彼の故郷はよく知っている。
家の裏の砂丘に登れば地平に沈む太陽が見え、
家に帰れば大家族の団らんがある。
でもそれはぼくが垣間見た一瞬に過ぎず、
その故郷を捨てるだけの堪え難い物があるのだろう。
あと数年を目処に帰化し
家族全員を呼ぶと言うが
スケールのあまりの大きさに何も言えなかった。
しかし、もしかすると、
現実にしてしまいかねない信念を彼から感じた。
砂漠のオアシスに生まれた少年が、
このような夢を見る大人になった背景に
民族の悲劇が見える。